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大阪家庭裁判所 昭和41年(家)1208号 審判 1967年1月14日

申立人 鈴木芳子(仮名)

相手方 鈴木光秋(仮名)

主文

相手方は申立人に対し、婚姻費用として、昭和四一年三月分より、別居して婚姻を継続する期間、一ヵ月金二万円を毎月五日限り(既に期限を経過した分は、本審判確定の日の翌日限り)申立人に送付して支払うこと。

理由

当裁判所調査官の調査報告書、戸籍謄本、当事者双方、参考人木山寅一同海野竹三郎に対する各審問の結果、各当事者提出に係る書面、及び相手方申立に係る調停事件(大阪家庭裁判所昭和四〇年(家イ)第四二八号、同第一五八四号)の経過を綜合して、当裁判所の認める事実及び判断は次のとおりである。

(一)  本件申立の経緯

相手方鈴木光秋と申立人芳子とは昭和三八年五月婚姻したものであるが、昭和四〇年二月二七日、婚姻生活が円満にゆかぬとして、相手方より夫婦関係調整の申立(第一回)が為された。ところで相手方は当初から、妻の日常生活が怠惰であることを理由として離婚乃至別居を主張していたが、同年三月二四日右申立は取下げられた。

その後、同年七月二一日、再び相手方より、妻の態度が依然として改まらないから離婚したいとの趣旨をもつて、夫婦関係調整の申立(第二回)が為され、一〇回に亘り調停期日を開いたが、調停期間中であつた昭和四〇年九月より双方は別居の状態となり、離婚の協議も出来ず不調となつたため、妻芳子より夫光秋に対し別居中の婚姻費用として月額二万円の負担を求めるため、本件申立が為されたものである。

(二)  別居に至つた経緯及び破綻の原因

申立人と相手方は昭和三八年一月申立人の遠縁に当る木山寅一の紹介で見合いをなし、同年五月八日婚姻を為したものである。婚姻当初は大阪市阿倍野区○○にある相手方両親の家に同居していたが、同年九月に婚約当初の約束であつた両親との別居が実現し、八尾市大字○○一六五番地の二九の新居に移転した。

両親との同居期間中には、申立人が姑に気をつかうと「お前は光秋の妻だから光秋の言うとおりせよ」ということで、申立人は夫とその両親の中に立つて気苦労も多かつた。ところが新居に移るや「今まで、別居の約束を守らなかつたので、お前に譲つて来たが、これからは自分の思い通りにする」との異様な言動をとるようになり、その頃妊娠していた申立人に「うちは商売の後継ぎが欲しいんや、女の子やつたらお前は子供を連れて出てゆけ」などの暴言をはき、申立人は血の引く思いでいたが、幸い昭和三九年三月五日健康な男児を分娩したので安堵したのも束の間、産後約一ヵ月雇つた家政婦への支払いに三万円かかつたことから申立人を怠け者と非難し、「芳子は子供のことしか出来ず、主人のことは全然しない。こんなことなら家政婦にでも出来る。実家で引取るよう、引取らぬなら、じわじわ殺す」などと甲向け、「実家で引取らぬからお前に金はやらぬ、家計費を渡さず、苦しめてやる」とて昭和三九年八月二〇日頃より、生活費として、子供のミルク代と玉子代だけを渡し、渡す度に暴行を振るうようになつた。然し、申立人は、両親が理由もなく引取れぬという態度をとつていたし、申立人としても出来れば子供のために円満にやつてゆきたいと幸棒を重ねていた。

前述のとおり、昭和四〇年二月二七日相手方は当裁判所に夫婦関係調整の調停(第一回)を申立て、妻の怠惰を訴えたのであるが、その頃、申立人に対し、生活費も充分渡さず申立人が「子供の食事にも困る」と言うや「子供が邪魔くさかつたら世話せなくともよい」と怒り、翌日相手方の実家へ長男昭治を連れ去つた。申立人は相手方が子供を連れ戻さないので仕方なく、大阪市阿倍野区○○の相手方の実家へ通つて子供の世話をしていたが、十日程通つた頃、姑から「家政婦が来たから来ないでよい」と断られ、三月五日、長男昭治の誕生日にも会いにゆけぬ状態であつた。然るにその後、昭治が流感にかかり、申立人は心配のあまり、追返されるのも覚悟で子供の様子をみにゆき、その痛々しさに耐えかね「子供を引取らせてくれ」と訴えると、相手方は「兄(相手方の)夫婦に相談して来い」というので申立人は子供のため「私が至らなかつた」旨詫びて、やつと八尾の自宅に引取ることが出来、相手方は同年三月二四日右調停を取下げ、円満解決したかにみえたが、同年五月頃より相手方は生活費として、申立人名義の預金を出して当てるよう申し渡すので、申立人が「私の小遣いを家計に入れるのですか」と言うと「主人に口答えするな」と怒り、又同時に申立人のいわゆる嫁入道具を申立人の「実家へ送れ」とか「離婚の場合子供は引取らぬと念書を書け」とか申立人を離別する明白な言動をするようになり、同年七月頃「お前の小遣いも家計に入れて零になつたし、この家の処分の話もついている離婚に応じなければ、さつさと、ガス、水道などとめて、この家に住めないようにしてやる」と迫つたが、申立人は子供のためにとこらえていたところ、同月一九日再び当庁に夫婦関係調整の申立(第二回)を為したものである。その趣旨は前回申立と同じく、妻の生活態度が依然改まらず、結婚生活を継続し難い旨主張したが、その理由として、申立人は家計簿の記載が具体的でない。育児日記を積極的につけない。日常生活に無気力である。など述べた。

然し、申立人は○○高校を相当な成績で卒業しており、堅実な家庭で厳格に躾けられたいわゆる良家の子女であり、家計についても、浪費をすることのないことは、相手方も認めるところであり、子供の世話も分娩後一ヵ月を除いては他人の手も借りず、一生懸命やつていたことが認められるし、相手方が申立人を離婚しようとする真意は全く推量し難いものがある。ただ、相手方が申立人の性生活に対する消極さを責め、「積極的になれ」と言いつけていたこと、調停で離婚を主張しながら、性交渉を続け、調停期日前夜までこれを求めている点も不可解ではあるが結局相手方の申立人に対する不満の根源は、相手方の性的欲求を申立人において完全に且つことごとく満足させ得ない点にあると推測するにしても、親子三人仲良く暮したいと努力していた申立人であつて、相手方の欲求を全く拒否しているのでないこと、相手方の求めに応ずる以上に申立人が積極的になる余地はなかつたこと、結婚後申立人は著しくやせ細つたことの諸事情を綜合して、この点の相手方の申立人に対する不満は、相手方の一方的且過度な欲求又は要求からくる不満と謂わなければならない。然るところ、相手方は第二回目の調停期間中であつた昭和四〇年九月五日には、申立人の荷物の一部を窓外に出し、実家に帰るよう申し渡し、翌日六日には再び長男昭治を相手方の実家へ連れ去るなどの暴挙に出た上、翌七日の調停当日、自宅の錠を申立人から取上げたので当裁判所調停委員らの勧告により、右錠は申立人に渡したが、このような強い相手方の態度からもはや右住居にふみ止まるを得ない状況を認めた仲人木山寅一、上記調停事件の芳子の代理人である山川弁護士の斡旋により、申立人は同月一一日遂に京都に居住する両親の許に引取られるに至つたものである。

長男昭治の監護養育についても、上記のとおり決して母親としての情愛に欠けるものではないが、相手方が到底引渡してくれぬものと諦念し又仮に引取つても相手方より種々強い干渉のあることを危惧している。

以上のとおり、昭和四〇年九月一一日申立人が相手方のもとを出て、別居するに至つた主たる原因は相手方の暴挙にあり、少くとも申立人の恣意に出たものでないことを認めるに充分である。

(三)  婚姻費用分担について

相手方は株式会社○○商会の代表取締役をしており、申立人は結婚以来、専ら家事育児に専従して相手方に協力していたもので、夫婦、長男の生活保持の経済的側面は相手方が負担すべき関係にあつたことが認められ、更に別居が双方の合意によるものでないとしても、少くとも申立人の恣意によるものでないこと既に認定したところであるが、かかる場合、尚婚姻関係が解消されないでいる間は婚姻費用分担の義務ある当事者は、他方に対し、自己の資産収入、社会的地位からみて相当な額を分担すべきであるといわなければならない。

そこで、その金額について按するに、相手方は上記のとおり、株式会社○○商会の代表取締役をしており、相当な給与所得、配当所得、その他の収入を有し、その居住地であつた八尾市において、昭和四〇年度に確定された総所得額は、四一四万九八九三円となつており、翌昭和四一年度の市、府民税として二九万四〇〇〇円を賦課されているものである。

申立人は昭和四〇年九月一一日より、京都市北区○○○○町一五の二六の実父本多吾郎方の住居に両親と同居して生活しており、月額二万円の生活費を請求している。

総理府統計局「昭和三八年家計調査年報」の勤労者世帯の年平均一ヵ月間の支出額(昭和三八年全都市)によると、三人世帯では五万五三九五円であり、これを消費者物価指数の推移により昭和四〇年度の平均月額を推算すると約六万円となり、更にこれを財団法人労働科学研究所方式「総合消費単位(都市)」によつて、申立人に割当てられるべき額は(相手方の仕事を中等作業とみて)

60,000円×(80/105+80+40)≒2万1333円

約二万一三三三円となる。

上記算出の基準は一般勤労者世帯の平均家計費であり、相手方の収入或は社会的地位は、はるかにこの水準を上廻るものであることは明らかであつて、申立の趣旨である月額二万円の費用は全額これを認めるのが相当である。尚、申立人は当年二八歳で健康でもあり、勤労能力は認められるけれど、現在未だ相手方の妻たる身分を有し、自ずからその就くべき職種は限定されるところ、今日特別な職業的技能を持たぬ婚姻中の女性の適職を求めることは非常に困難な社会の現状、そして相手方の社会的地位、収入、資産等相対的関係からみて、現に実収入を得ていない申立人に対し、婚姻継続中にまでその勤労能力を問いこれを推算して相手方の負担額から控除すべきは適当でない。

よつて、本件申立を相当と認め主文のとおり審判する。

(家事審判官 矢部紀子)

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